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片腕バイオリニスト伊藤真波の経歴がすごい!感動のバイオリン演奏動画も!

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伊藤真波さんという女性をご存知ですか?

伊藤さんは事故で片腕を失くされているのですが、現在バイオリニストとして活動をされています。

伊藤さんの奏でるバイオリンの演奏には多くの方が心を打たれ、大きな反響を呼んで話題となっています。

 

そんな伊藤真波さんの経歴やバイオリン演奏についてとても興味がありましたので調べてみました。

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片腕バイオリニスト伊藤真波の経歴

 

引用:伊丹市ホームページ

<伊藤真波のプロフィール>

1984年 静岡県出身 五体満足で生まれる。
中学生の頃 「看護師」への進路を考える。
高校生の頃 「看護師」の道を選び「衛生看護科」入学
2004年 20歳。専門学校実習日に交通事故にあう。右腕を切断。
2005年 看護師の義手を作るため、単身神戸へ。
同年。復学する。
2007年 専門学校卒業 看護師の国家試験に合格する。
神戸百年記念病院(兵庫区)看護師として勤務。
リハビリの一環として始めた水泳だが、障害者水泳を本格的に始める。
2008年 北京パラリンピック出場 100m平泳ぎ4位 100mバタフライ8位
2010年 アジアパラリンピック出場 100m平泳ぎ2位
2012年 ロンドンパラリンピック出場 100m平泳ぎ8位

引用:株式会社メディア21

 

20歳という若さで、それも看護師を目指してこれから!、という時にバイクで交通事故に遭い、右腕をひどく損傷した結果、切断しました。

最初は、看護師になつ夢やおしゃれを楽しみたい年頃の女の子であったことから切断することを拒んだようですが、母親の必死の説得で背中を押され、切断することを決断したようです。

その時の心境を考えてみても私たちには到底想像もできないほどの苦悩や苦痛、深い悲しみがあったことでしょう。

 

それでも看護師になりたい!という夢を諦めずに、看護師になるための義手を作りに単身で神戸へ行かれたのだとか。

それも事故から翌年という短い期間にも関わらず、気持ちの整理をされているところが、本当に素晴らしいです。

 

そして夢が叶い、看護師として病院で勤務されました。日本で初めての義手の看護師として働かれました。

 

次にまたすごい!と感銘を受けたのが、リハビリを続ける中で水泳を本格的に始められ、障碍者水泳の日本代表になりパラリンピックという夢を追いかけられたことです。

事故からわずか3年でそこまでの行動を起こすことができるなんて、そうそうできるものではないですよね!

しかも、そこから1年後にはパラリンピックに出場され、見事に入賞されています。

世界で戦える選手になるというのは並大抵の練習ではできないと思いますが、出場された全てのパラリンピックで結果を出されるというところが、本当にすごいと思います。

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伊藤真波のバイオリン演奏

伊藤真波さんはいつも傍で支えてくれたお母さんに喜んでもらうため、お母さんが好きだったバイオリンを再開されます。

そして今はこのバイオリンを演奏するために特殊な義手を使って地域のイベントなどで披露しておられます。

伊藤真波さんの演奏を見て、多くの方が感動しています。

伊藤真波さんは1児の母として、バイオリニストとして、そして元看護師、元パラリンピアンとして、様々な経験をされてきたことが全て、バイオリンの音色となって人々の心に響くのだろうなぁと思います。

 

<追記>(2019/2/8)

2019年2月3日にアメリカのテレビ局CBSで始まった新番組「The World’s Best」に伊藤真波さんが出場され、アメリカでも「感動した!」と大きな反響を呼びました。そのときの動画がこちらです。

見事に1回戦を突破し、次のラウンドに進むことになりました。次はどんな音色で世界を感動の渦に巻き込むのかとても楽しみです。

まとめ

いかがでしたか?

バイオリニストの伊藤真波さんは常に夢を諦めず、どんな苦境にあっても前向きに進んでいって実現させるという大変パワフルな方です。講演会もされているようなので、ぜひお話を生で聞いてみたいです。

自分に制限を作らずに前を向いて歩くことを、私もしていきたいと思いました。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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